「痛み」をかわす

(流 No.227,pp.32〜36,2001)


 はじめに


 「考えようによっては、人の一生は痛みで始まり、痛みで終わるともいえる。……」(横田敏勝、「脳と痛み」)ようです。しかし、さらによく考えてみると、始めと終わりの間の、人生のほとんどの時間は、痛みをそれほど意識しないで過ごしているように思われます。
 「痛みは生命であり−いっそう鋭いほど、それは生命のあかしです」(C.・ラム)という言葉もありますが、痛みの深い意味を考えなければ、痛みのない暮らし、それ自体は幸せなことだと考えられます。
 しかし、いったんリウマチになると……、その人の日々の生活は四六時中、“痛みと共に”ということになり、とてもつらい日々となります。
 『2000年リウマチ白書』(日本リウマチ友の会)によれば、日々の生活のなかで、「つらいこと」を3つあげるとすれば、(1)激しい痛み、(2)何かにつけ人手を頼むとき、(3)冠婚葬祭・近所付き合いができないこと、といいます。つまり、肉体的及び精神・心理的及び社会的「痛み」に、常に悩まされているのです。
 しかも、その痛みは、発病後、11〜20年(約34%)、21〜30年(約21%)、31年以上(約11%)と長期に渡り続きます。(『'90年リウマチ自書』より)
 外来診察時に「最近はいかがですか?」と尋ねますと、ただ一言「痛い!」と答える患者さんもいます。
 「痛み」は、このように、リウマチ患者さんにとって、日々の生活のなかで、一番の、かつ長期にわたる関心事なのです。そして、その痛みに心身が押しつぶされそうに感じ、痛みから、(1)避けて隠れて(消極的に「かわす」)過ごす人と、痛みを(2)上手にコントロールする(積極的に「かわす」)ことで、毎日を、有意義に過ごす人、(3)上記の両者の間で迷い、悩みながら過ごしている人に分かれます。

 痛みとライフスタイルと基礎療法

 リウマチは環境の影響も大きく、特に生活環境に対する対処の仕方(ライフスタイル)…生活習慣・時間の過ごし方・姿勢(心構え)など…が病気・痛みの改善・増悪に密接にかかわっていると考えられます。A.ワイルも「リウマチはライフスタイルの変化によって改善しやすい病気である」と言っています。
 リウマチの治療体系のなかで、基礎療法の大切さが強調される根拠でもあります。それでは、“「痛み」をかわす”積極的なライフスタイルとは?

 外来患者さんに外来診察の終わる間際、簡単な質問を行ってみました。

期   間: 平成15年3月1日〜3日
対象者: 50名(女性45名、男性5名)
質問事項: (1)「痛みを特に意識する時」
(2)「痛みを忘れている時」
(3)痛みを“かわす”方法」
回答集計: 複数回答可、回答無しも。

(1)痛みを特に意識する時( )内は人数
   1.動作開始時・動作中(23)
     立つ時・座る時
     歩き初め・歩きすぎ
     長く立っている時・同一姿勢
   2.仕事が終わった時(2)
   3.寝ている時・寝返りをうつ時(8)
   4.時間により(3)
     夕方から明け方
     夜静かになると
   5.天候により(3)
     雨の降る前
     冷える時
   6.その日の気持ちによって(3)
     精神的に、何かあった時
     先のことを考え過ぎた時
     一人で家にいると(不安になる)

(2)痛みを忘れている時( )内は人数
   1.何かに夢中・集中している時(21)
     何かに夢中の時
     (テレビ・音楽・孫の相手等)
     友達とおしやべりをしている時
     (電話で・患者会で・笑いで)
     好きなことをしている時
     (歌・押し花・編み物等)
   2.仕事をしている時(16)
     (多少の痛みを意識しながら)
   3.寝ている時(6)
   4.時間により(6)
     日昼は良い・何もしない時間
   5.天候により(1)
     天気のいい日
   6.気持ちの持ち方を変えた時(1)
     今に治ると思い直した時
(3)痛みを“かわす”方法
  (時々質問してみて、人数集計せず)
   1.気分を転換−友達とおしゃべり
   2.お風呂につかる、とても楽になる
   3.三食きちんと食べる−薬をのむ為
   4.手芸を、パソコンゲームをする
   5.カラオケに行く−歌で発散する
   6.我慢して動かしていると楽になる
   7.午後リハビリ(プール)に行く
   8.鍼治療を受けている
   9.いろいろな本を読んでいる

 回答のまとめ

 痛みをかわすために、(1)〔痛みを意識する」事項から、特に動作関連の痛み対策として例えば膝の大腿4頭筋筋力強化訓練の指導が望ましいことがわかります。
 また、寝る時の姿勢指導や枕の助言も必要なようです。
 さらに(2)「痛みを忘れる」事項から、患者会の場や友達との談笑、音楽や歌の鑑賞、気分転換などが勧められます。そして、実際に実行している一例が、(3)となります。

 痛みに影響する日常の身の回りの「環境」

(1)時間‥朝のこわばり、生体リズム
(2)天候‥低気圧、寒冷、天候過敏症
(3)食物‥痛みを起こす食物、アレルギー
(4)香り‥アロマテラピー、もぐさの香
(5)音楽‥痛みを和らげる音楽療法
(6)絵画‥例えばルノワールの絵をみて
(7)笑い‥不安をうち消す薬、笑い療法
(8)友達‥お互いを理解、患者会の役割
(9)家族‥ケアし、ケアされる関係
(10)姿勢‥心も体も、QOLの向上の為に
 以上の他にもいろいろとあるはずですが、ここに列挙したような環境が、日常生活の中で痛みを強めたり、軽くしたりすることはたびたび経験・観察されることです。特に、音楽療法(『流』204号)や笑いの効用(『流』215号)については本誌でも既に取り上げられていますので、今回は、「(1)時間」と「(10)姿勢」について、述べることにします。

 生体リズムと痛み

 「規則性は健康の印、不規則な体の機能や習慣は病気を引き起こしやすい」とヒポクラテスが述べているそうです。生活の中で規則性といえば、眠りと目覚めの時間、体のことでいえば心臓の拍動数などのリズムのことがまず思い浮かびます。リズムといえば時間そして時計となりますが、私たちの体の中に「時計」があり(地球上の生命を有するもの全てに)、体内時計とか生物時計といい、その時計の刻む時間の変化に応じて、体の中のさまざまな機能がリズム(生体リズム或いは生物リズム)を持って変化しています。
 生体リズムに関連する病気をリズム病といい、再びヒポクラテスによれば、「季節的周期性と病気は関連があり、リウマチは代表的疾患の一つ」とのこと。
 一年の中でも、各季節の変わり目や、特に梅雨の頃に、体調の不良や痛みの増強を訴える方が、確かに多いように思います。ある資料には、リウマチ性疾患は午後6時以降に発生が多くまた、痛みは午後9時以降に強くなる、と記されています。患者さんの話でも、一日の経過は、朝のこわばり、午後〜夕の疲労感、夜間〜朝方の痛みの増強という変化を訴える方が多いように思います。(個人差があり、発病からの期間によっても違いがあります。)また、痛みのリズム(の変動)は、治療により、さらに変化もします。副腎皮質ホルモン剤や、抗リウマチ剤の効果とともに、痛みの程度も痛む時間も改善します。
 さて、リズム病としてのリウマチへの治療法は?例えば、中伊豆温泉病院における4週間の「短期教育入院」を受けた患者さんの感想に「入院後、生活リズムが良くなった」とありました。つまり「リズムを適正にするような生活実践が治療となる」ということです。現代の生活では難しいかもしれませんが、早寝・早起きの実践が「治療薬」になるということです。

 姿勢と痛み

 姿勢には不安やストレスという痛みを起こしたり、増幅させる状態に対する態度である心の姿勢と、不良・不整な構えにより凝りや痛みの原因ともなる体の姿勢があります。
 ここでは、体の姿勢について述べます。姿勢には年代や健康状態が反映されます。また、日常生活での作業の時の姿勢も問題となります。一定姿勢の継続により、例えば顎を引いて首を前屈させ、下向き加減での状態で長い時間過ごしますと、首筋や肩の筋肉が絶えず引き延ばされた状態となり、血液循環も悪くなり、疲労し痛みさえ感じることになります。特にリウマチ患者さんでは、頚椎の1番か2番の軸椎から前方へとずれて、その部分での脊髄や後頭部にいく神経を圧迫し脊髄症状や後頭部痛が引き起こされることにもなります。逆に、顎を突き出して頚椎を後屈させた状態で長くいますと、7つある頚椎の4番目以下から出ている頚神経の圧迫で後頚部や肩・腕・手指の痛みやしびれ感を感じることにもなります。
 首に関連したこととして、寝たときの枕の高さのことが問題となります。これは起きている時の首の姿勢と大体同じようなこととして、壁に踵(かかと)とお尻と背中(肩甲部あたり)を付けて、後頭部は壁から離して立ち、目を閉じて、首の力を抜いて(僅かに顎が引かれる感じで)、首筋に何も感じず、とても楽に思われるところで目を開けます。そして、壁と首の一番深い(高い)所の長さを測ります。それが枕の高さということになります。
 なお、作業時の首の適切な姿勢というのは、前述の首のとても楽だと思われる状態で、そのまま、前方へ傾けること、また、そのまま元へ起こすことなのです。コツをおぼえるまで何度も練習してみてください。それはまた、食事の時も、人と話すときも会議の時でも役立つはずです。

 おわりに

 リウマチになったことで、患者さんの家庭生活への影響はどうなのか、リウマチ白書をみますと、「配偶者・家族が協力的になった」が47%ありました。他の疾患や統計との比較は無意味ですが、リウマチという、長期にわたる痛みと徐々に進行する場合が多い(それは、同時に、家族の介助度も徐々に増えていく場合が多い)病気であることを考えますと、とても高い数値に思われます。
 痛みを「かわす」にはどうすればいいか。やはり基礎療法をコツコツ積み重ねることです。その努力を続ける時の一番の支えとなり、同時に痛みを和らげ、鎮め、忘れさせるのは家族の理解と協力だと思います。
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